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(特に行政において)人事ローテーション制度を変える必要がある。


日本の、特に行政機関において、人事ローテーションの特に2~3年での転向による弊害が至るところで出ていると感じている。個人的には、これは実は今の日本の様々なことの右肩下がりの現状日本の大きな問題の一つだとさえ思っている。

人事ローテーション自体は
〇幅広い現場経験による全体統括視点を得る
〇同一部署による業務マンネリ化により発生しがちなモチベーション低下を防ぐ
〇人=権限の固定化による不正/腐敗対策
といった価値がある。

ただ、一方で
▲3年程度では満足な成果を出せない、出したとしても、後に続く人が同じ方向性で成果を出し続けてくれるとは限らない(特に人事ローテーションとして実施されている場合はそこの現状を分からず人事部門が決めているため)
▲3年という期間だと、腰掛で問題を起こさず無難に過ごせる期間であり、現状維持バイアスがよりかかる
といった問題を抱える。

この点、良く考えてみると、〇の3つ目は不正防止で色合いが異なるが、1つ目2つ目は実は人の育成・マネジメントの観点で行われている。

一方で、▲は、アウトプットに関わる問題である。

この点を考えたのは、例えば学校の教員(小学校~高校)は7~10年ぐらい1つの学校でいるが、教頭や校長は3年で転勤していくことになっている。
リーダーの影響力は非常に大きく、やはりトップが右と言ったら個々人で想いは違ったり面従腹背はありつつも、基本は右に方向が徐々に進んでいく。
このリーダー・マネジメント層が数年で変わることが、変革が必要な今のタイミングに全く合っていないの。

企業の創業者が大きな企業を作っていく、偉大なことをしていくことに、当然その人が人に出来ないリスクをとり、新しいことを覚悟もって成し遂げてきたこともあるが、10年以上というスパンで経営を続けていけることも非常に大きい。
『ビジョナリー・カンパニー』でも書かれているが、特に人が関わることは「弾み車の概念」が当てはまる。

巨大で重い弾み車(手押し車でも良い)を思い浮かべる。
すごい頑張って押し続けると、1cm動く。続けると2cm,3cm,5cm,10cmと徐々にスピードを上げて進み、ある一定のスピードが乗ってくるとその重み自身で押さなくても進み続けるようになる。(どの程度の力が必要かは地面の摩擦状況にもよる)

同じ力を加え続けても、はたから見ると最初は少しずつしか動かない。それによって人は何も変わっていないと思うかもしれない。
続けると、人が認識できるほど動きが出てきて、これは動かせるんだ、もっと動かそう、と思ってくれるが、実はその段階に来た時にはすでに結構な力を加えてきた後だったりする。

物事を動かしていくのはこの弾み車のごとし。
そのスパンが、大体3~4年で一つ、動いたねと感じてもらえるぐらいの成果を出せる一般的な期間だと感じる。(これを首相のように人に選ばれたリーダーが3年でうまくやるには、3か月、半年、1年で短期で成果を出せることを並行で実施することで、うまく弾み車を動かせるリーダーだと思ってもらうしか無い。)

話を戻して、結局特にリーダー・マネジメント層のように成果にフォーカスし、成果で評価される層は特に、3年といったスパンで終わる前提の制度では成果を出し切れずに終わってしまうのだ。

一方で、ただ長く、例えば4年~5年を1スパンで、2スパン以上続けられる制度にしたとしても、その人がやる気のない人、ただ無難に過ごす人であれば無為の年を過ごすことになる。

以上より、制度として適切な方法としては以下のような設計だと考える。
・リーダー/マネジメント層等、特に新たな成果を求めるポジションには3年ローテーションはダメ。少なくとも4年~5年1スパンで、2スパン以上続けられるような制度が必要。それは本人の意志と、周囲の支持両方が必要。周囲は、出来る限り利害関係のある集団による支持が望ましい(民主主義的対応)。
・一方で、2年に1回、これは利害関係者ではなく、部下に評価され、全体の2/3が継続反対したらそこで任期終了(部下を適切にマネジメント出来ない人のため。ただし、改革には反対がつきもののため、全員反対でなく1/3でも支持されるのであれば必要だと思われていると考える。

一方で、不正・腐敗対策として愛知県人事局の方が以前回答してくれたが、
・ 許認可関係事務、契約関係事務、経理関係事務等権限を有する事務に従事している職員は、極力、4年を限度として異動を行う。
といった、権限を振りかざせるがリーダー/マネジメント層ではない事務方はローテーション人事を当てはめる、というのが適正だと考える。

日本の問題は色々あるけど、秘孔の如く重要ポイントがあると考えており、適切なめぐり方をさせるために、適切な人に適切にマネジメントしてもらう、というのが一つ大きく必要な点だと考える。

ただ、ここを変えられるのは政治家だけで、政治家は組織マネジメントをしてきた人が少ないから、この点の重要性をあまり認識していないんだよな、たぶん。


令和元年台風19号を機に考える


小さな自然再生等お世話になっている岐阜大原田先生の今回の台風・治水の考察です。

ちょっと難しい内容も多いかもですが。
上記内容抽出と自分の思っていることで言えば、

・温暖化は海水温を上昇させ、台風のエネルギーは水蒸気量と≒なので今後も今回の台風以上の規模がこれまで以上の頻度で来る可能性が高い

・報道されているだけで144河川(国管理24,都道府県管理118)で氾濫,うち堤防が決壊したのは6県21河川24箇所。半端ない数。

・同一地域、流域に長いこと大量の雨が一気に降った。場所が変われば異なる地域の河川の氾濫、決壊も当然発生。どこでも起こりうる天災と認識しておく必要がある。

・ダムも治水機能を担っていて、ダム貯水量より多くない量の流れ込みであれば確かに役に立っている(例えば民主党政権時に有名になった八ッ場ダムは10月からの湛水試験により今回その治水機能を果たしているのは確か)。一方、貯水量以上の水がその上流から来たら後は同量を下流に流すしかない(緊急放流のこと)。
他ダムの利水機能として発電、農業用水が主な利用用途ですが、方向性としては①ダムの巨大化 ②総合治水 のどちらかの方向性。 今の自民党政権だと①の方向を進めそうでCWPとしてダムの負の面(特に生物環境と水質に対し)を見てきているため、その方向はいやだなー、と。。

・今後も今回の台風レベル以上が今まで以上に来る可能性があり、日本の河川延長が1万kmを余裕で越えているため、すべての堤防のかさ上げ+ダム建設 は国家財政足りず(さらに作った以上をさらに越えてくる可能性も。)。


実は国交省研究機関の国土技術政策総合研究所の偉い人レベルでも、5年以上前から上記理由に「防災」から「減災」に舵を切るしかない旨話されていて(もっと前からかもですが。私が以前出席した某セミナーでその話をしていました)、同時期天竜川河川事務所の所長も別セミナー「自分の身は自分で守るしかない」とソフト面対策意識啓蒙に向かっていました。今回の台風前の報道でもかなり自分で自分の身を守ろう的発信でしたが、ようやく社会的にもそこが一般的になってきた様子。

個々人で言えば、ハザードマップで治水上危ない地域は住居に選ばない、という方法しかないでしょうね。(これを機に水害可能性地域の地価が全国より下がる方向に進むだろうと思われる。)
一方で、河・水の危険性がさらに誇張されて近づけない、近づかない河川になっていきそうでそこは心配かつ残念。
反対に防災意識としての河川環境教育という切り口はニーズが増えるのかもしれない。