CREATO(クリート)の自己給与決定制度について:制度内容


前回記事では、株式会社creato(クリート)の自己給与決定制度を作るうえでの背景、思想面について記載した。
ここでは、2023年12月現在の具体的な自己給与決定制度について記載する。


【目的】
creatoパーパスである「人と社会の幸せのために」、既存組織より良い報酬制度として。

また、上記のために
・自主自立、自主的な判断可能範囲を広める
ことを方針にした形での流れ。

【制度骨子】
■既存組織の評価と給与連動による「働かせる」のでなく、自主的な「働く」の結果として給与を決めれる制度。

■事業/組織への貢献を自分で決めることで、事業展開の貢献=自身の給与 と出来るインセンティブ。

■「売上・利益」へのコミットメント意識により、売上下方耐性ある状態に。

■自身で給与を決めることで、時間配分も自主決定出来る=自主性の向上。

【制度概要】
個々人の給与を自分で決定する。よほど想定より上下に外れていない、または経営キャッシュ状況で許容できない状態でない限り承認する。(ただし社のキャッシュが足りない状態になれば、大きな額の給与の人からより多く削減されうる)

提供する情報は ①世間の平均給与や参考給与 ②社内の平均給与情報 ③自社の財務情報 ④自身の稼ぎとコスト(売上・費用配分する)。

左記に ⑤自分が必要とする給与(最低ラインと今後必要なもの) を想定し決定してもらう。

少なくとも、年収×1.18(会社負担社保等分係数)*(10/7)(人件費率7割とする。他社より高め) の価値(粗利+組織が求める価値) を出せているか?

定量評価を事前に実施した上で、7月後半~8月後半 で実施。

【期待効果】
・creatoの基本テーマの一つである『自主自立』を促す。
・自身で給与を決めることで、それだけの価値を出すコミットを宣言するのと同様となる。
・給与を自分で決めることで、給与面の不満を持ちようがない。


【上記期待効果を出すために修正してきた点】
初期:給与に直接は紐づけない多面評価を実施(多面評価内容は、基本軸の5つの項目+αで運用)

4年目:多面評価を事前に行うことで、無意識的にでも給与自己決定の判断に影響するとのことで、一度時期を外して実施。
 →人数が増えてきた中で、代表自身の感触と自身及び各人の評価状態のズレが大きくなってきていることを感じたため、1年後一定ラインの評価として6段階中平均4以上取れていない人を対象を継続。多面評価は給与に紐づけるためではないが、参考情報の一つではあることは説明。

2023/9:現行の事業部制度では、事業部責任者壁打ち→代表への申告の2段階面談に変更。

2023年時点自己給与決定制度
・事業部責任者(今は2事業部)が壁打ち面談、代表瀬川が最終面談の2段階面談
・事業部責任者は事業部内の給与情報は把握。

【2023年時点で残っている改良点】
・給与アップは、全体の決算状況に心理的に影響されるようで、赤字だとほとんどの人がアップしない。これが結局給与が「上がらない」と考える要因になった。
CWP関連事業に可能な限り資金を使ってきたが、20人を超え、決算で赤字でも突っ込むというバランスは1回の決算であっても多数の人にとってストレスを与えるようである。(全体に関しては自身でコントロール出来ない要因だからと感じるからだろう。特に入社後日が浅い人、人に影響を与えるほどの能力がついていない人がより感じている様子)。
 ①黒字運営をしていくこと
 ②チーム単位での損益が見えるようになり、自身の活躍度合いが見えるようにする
といった前提を整える必要がある。

【今後の想定されるリスク】
・黒字になると、黒字額がギリギリになるところまで多くの人が給与を上げ続ける=人件費率が高くなるリスク
・新卒や社会人経験値が少ない人が自己給与を決めようとしても決める軸がなく、上げすぎor下げすぎで結局不安、不満を持つリスク


【適しやすい前提条件と自身が考えている条件】
・個々人の活躍度合いが数値で表しやすい職種、事業

自社ではこういうことをしている、こういうことが起こった、という事例がある会社があれば、是非情報交換しましょう。
Xの @segamail までDMを。


CREATO(クリート)の自己給与決定制度について:制定経緯


給与制度を整える最初の段階から、株式会社creato(クリート)では『自己給与決定制度』を実行してきた。
最初は4年目の2017年だったはずなので、6年実施してきている。
振り返りも兼ねて記載する。本記事は制度構築経緯について。

【前職経験値】
前職給与制度>
・360度評価。評価してほしい人は自分で4人以上選んで決める。(きちんと評価できそうな人を選ぶ)←後からジェネラルマネージャーがその評価者をチェックする体制を追加(身内で評価高くしてくれそうな人を選ぶ人がいたためと想定される)

・会社が選択した5つ+2つほど(後者2つは年によって変わる。5つはなぜなぜ思考、コンティンジェンシープラン、他責NG等仕事におけるその会社での基本能力)の項目に対し、評価者は6~14の点数でなるべく差が出るように被評価者を評価。

・人事側にいたわけではないので正確にはわからないが、マネージャークラスの評価は加重加点されるような形で調整されていた様子。

個人的感想>
・新卒入社ではあるが、他組織では上司による人事考課 が一般的だった時に、上記360度評価は新鮮。個人的には納得度の高い評価だった。(人事系ERPベンダーだったため、他社給与制度も色々目にして聞くこともできたため、比較できた)

・一方で、数字である程度システム的に評価するため、配属されるチームによって評価が変わってくる。点数が甘いチームだと評価が上がりやすくなる傾向が見て取れたため、過去この点不満を感じた覚えあり。

・①他人から評価される、ということ自体 
②それに給与が結びつくことに完全に納得はしきれなかった。
(評価が高く満足している人は問題ないため、今振り返ると評価されるだけの価値を出していなかったかもしれないが、評価を客観的に振り返れるフィードバックがなかったことは一つ要因かもしれない)

全体としては、かなり良い制度だとは思っていたが、それでも一定の不満は出る。根本的に全員が納得できる給与・報酬制度なんてないのでは、とは思っていた。

【給与自己決定のアイディア】
・過去経験で、他人に評価される、ということと、それに給与が結びつくことで評価自体に納得はしきれないことがあった。(一面では正しいことも多かったとも思うが)

 →組織における「人事考課」「給与制度」は、そもそも外から自分を評価されること、及びそれに給与を紐づけることで、組織のため「働かせる」仕組みであることを基軸にした制度である。
(もちろん、もう一つ組織として重視する能力を評価軸とすることで希望の人材を育てる、という機能もあるが、必然的に前出の仕組みにもなってしまう)

  生存欲求に働きかける制度
  他者の評価による承認欲求に働きかける制度

 人の幸福を考えたときに、「働かされる」より「働く」方が本質的に幸せでは?と考えると、自分で決めて自分から「働く」ことをコミットできる仕組みができないか?と考えていた。

人は食べなければ生きていけないから、身体は美味しさを感じることで必要な栄養を取るインセンティブを持たせている。自身の体からの欲求のためこれは自発的。

給与も、大部分の人にとって今の世界で生活していくのに必要なもの。そこに自発性を持たせるには、学んで出来るようになることがうれしい「学習欲」、問題解決の「達成欲」、人や社会に役に立っている「貢献欲」等をベースとして感じられる仕組みや制度にしたいと思っていた。

そんな中、リカルド・セムラー著の文庫本「セムラーイズム」に出会い、「自己給与決定制度」を実施していることを知り、なんて理想的・合理的な制度だ、と思った。

組織にとって、黒字運営は事業継続の必須条件。各種必要支払いの上、残った分で人件費と、税金、株主配分、利益、が残る。
人件費は売上以上には支払いようがないことが大前提。

逆から見ると、黒字(税・株主配分・利益)に出来ていれば、その残りで人件費決められれば良い。(会計上で正確に言うと、経常利益+役員報酬含む人件費 が人件費として支出出来る最大範囲)。

実際、自分が起業した後、株主総会の2/3以上の意思決定権を持っているため、自分で報酬を決めてきた。
自分の報酬を上げるより、その分を採用・人件費に当てて1人力を2人力、2人力を4人力と、一緒に仕事出来る仲間を増やした方が出来ることが増えたし、その後の収益ボリュームが上がるため、報酬より先に投資を。収益が上がってきたら報酬も上げた。
もちろん全体として赤字であれば率先して自身の報酬は下げた。
それと同じ感覚を各人が持てれば、多くの事業家が育ち、結果として組織としても事業が多く伸びるのではないかと。
事業を作れる人は、より利益額を多く残せる人となるので、より多い給与を決めてもらえばよい。

給与に話を戻すと、売上内でしか本質的に支払えないので、条件が満たされれば各人が出来ない理由は無いはず。
 →その条件としては、現状では 自主性、誠実、利他、勤勉、事業採算意識 が必須だと考えている(ソフト面)。

次記事では、具体的な現状制度と、現状までで出てきた課題について記載する。


瀬川のやりたいこと


最近、社内でも「瀬川さんは何がしたいんですか?」と言われたりするので、どうもこれを伝えるとやりたいことが伝わるぽい、ということが分かったので、改めてアップします。

やりたいことは以下の添付の4ページ分の内容。
最初3ページは2013年の一社)ClearWaterProjectを立ち上げたころに作った内容。

1ページ目:水辺環境の改善を原因から色々考えてみたところ、1つの問題が大きなボトルネック、という話ではなく、非常に様々な要因が重層的に重なって今の結果である、ということを理解しました。

2ページ目:そもそも、今の社会課題は、ほとんどが皆が意識せずに暮らしている現在の生活の結果でしかない、という認識。


 例えば、現在ホットな温暖化現象は、CO2量の増加により引き起こされていることは様々な科学的根拠で示されているが、これは便利に暮らすために、CO2排出のことが考慮されずに作られた製品群を使っていて離れられないから(電気を作る火力発電、自動車等交通機関、ゴミ焼却、様々な製品作成工程からの排出等々)。
 海ゴミ・マイクロプラスチック問題も、川から7割以上が流れ込んできて、その川ゴミは雨で排水溝から川にゴミが流れ込んできたりするし、そもそもゴミ自体が自然界で分解しないプラスチックで作ったものを多く利用しているから(コストが安く、軽く丈夫←これもサプライチェーン全体のCO2排出コストは外部化されていることにより安いという面もあり)。
 小学生の目が悪い子が多く、半分以上眼鏡かけている(場所等特性あるけど、昔より眼が悪い子多いのは確か)というのも、PC、スマートフォンが出来たことで、より近い場所を長時間見るようになったから。

3ページ目:これらの選択に繋がるような環境要因こそが根本要因で、これらは気候要因と同様に経済要因、法制度要因、空間要因等あり、自身としてはそれらを解決するために、起業という手段を用いて社会が少しでも良くなるような経済モデルに組み込めるようにしたい、と考えて事業を考えてきた。
 さらに、結局経済モデルだけで解決出来ないことも多いな、ということで法制度に関しても活動をし始めている。

4ページ目:
■CWP組織:水環境改善に繋がる事業化をしていく組織づくり

■つりチケ:内水面漁協に繋がり、そこから河川環境改善に繋ぎやすいくするための事業化・経済モデル組込

■内水面活性化提言:結局日本内の河川主要魚類の管理主体のである内水面漁協が積極的な役割を担えないのが 法・制度の問題だと認識し法・制度モデル変更

■愛知川簡易魚道:現場での水辺改善モデル・実績作り

■ creato組織:幸福度高い組織づくり・経済モデル組込

■ Geotrans:国土形成の積極的関与に繋げる事業化・経済モデル組込


これを話したところ、社内メンバーの一人に「瀬川さんは経営者じゃないんですね」と言われたが、そうなのかもしれないな、と。
経営者も手段の一つだと考えているのはあり、ただ一つ一つ本気でやっているので、結局欲しいのはそれぞれの分野に注力して一緒にやってくれる人なのかもしれない、と思っている。


と書いていて、ほぼ
「自分のスタンス、役割、ポジション」
で書いていることと同じだな、と今気づいたが、自分のスタンスは明確にしたおいた方がいいので、重複関係なしに改めて記載しておく。


誠実


CWP/creatoのフィロソフィには、「人として」という項目がある。
京セラ創業者稲盛氏の、「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」であるように、熱意と能力は0~100だが、考え方は-100から+100まであり、人としての考え方次第で人生や仕事がマイナスにもプラスにも振れるからである。

「誠実」を掲げているが、社内や社外すべてが誠実であれば、結局うまくまわるからである。

「誠実」とは何か?

誠実、とはうそをつかないこと、などが例えば日本語では誠実の範疇に入る。
ただ、うそをつかないこと、は honesty=正直 ではあるけど、誠実はそれより広い範囲を含んでいる。

英語では integrity=誠実・正直・高潔・品位 といった言葉で表現される。
(Cambridge Dictionaryでは integrity=”the quality of being honest and having strong moral principles that you refuse to change:”)

約束したことは守る、言ったことは実行する、相手の信頼に応える、私利私欲をまじえず相手を想って行動する。

こういった、利他的な心で、行動・行為・姿勢といった他社が同様に評価できる、目に見えるものまで落して込んで実行すること が「誠実」と言える。

これらの延長には、
・仕事で顧客や同僚が求める成果を期待値通り、期待値以上に出す
・相談をしたときに必要な秘密は必ず守ってもらえる
・問題が発生した時に、逃げずに事実とこれからの対策を考え向き合い解決する
といった行動にも繋がる。

「誠実」の効果は?

誠実に効果を求める時点で、利己的なので、誠実にはなりきれないのだけど。。
見た後に意識しないという前提で、あえて記載しておくと。

 信頼される=様々な助けを得られる

これが根本的で最重要な効果。

信頼されていれば、言うことを信じてもらえる。
信頼されていれば、依頼を受けてもらえる。
信頼されていれば、背中を任せて前に進んでいける。
信頼されていれば、お金を貸してもらえる、出してもらえる。
信頼されていれば、人を紹介してもらえる。

これが組織全員がそれぞれ誠実であれば、お互いがすべてお互いになる。

逆に、あなたや、組織内各人が信頼されていない場合を想像すると、
・事業計画や目標を伝えても、その裏に何か理由や利己的なことがあるのでは?とそのままのことを信じてもらえず、曲解されてサボタージュされたり、別のことを実施されたりする。
・言ったことを実行しないと思われているので、連動して必要な行動も実行してもらえない。
・裏切られる前に裏切ってしまえ、と逆に嘘をつかれ、裏切られる。
・お金を懐に入れるような人間だと思われ、お金を貸してもらえない。
等々。

誠実は結果的にコミュニケーションコストを下げる。

協力=お互いの助け合い、なので記載の効果と同じことだけど、人が多くなるほど組織としてうまくまわるには、その組織内メンバーの信頼関係が重要で、皆が誠実であることを共通で信用できると、その組織所属の人を信頼する時間とコストをかけずに信頼することができる。有機的に効果的に繋がることこそ成果を出す組織の重要ポイントであることを考えると、組織文化として誠実であることは、結果強い組織であることに繋がることになる。


リーダーシップとは?


リーダーシップとは何か?

カリスマでなくても、努力と一定の覚悟を持てればリーダーシップの要素は獲得することができる、と自分の人生で試してきて感じているので、主に事業創造の分野においてのリーダーシップに関し自分の考えを記載。

わかりやすい対比としては、「マネジメント」がある。

言葉の定義を確認すると、
リーダー は リードする から来ている言葉で、引っ張る人。先導者。
LONGMAN英英辞典だと lead は to take someone somewhere by going in front of them while they follow, or by pulling them gently
マネージャー は マネージする から来ている言葉で、方向づけし、やりくりする。コントロール。
LONGMAN英英辞典だと  manage は to direct or control a business or department and the people, equipment, and money involved in it


「リーダーシップ」は、経営、事業作り、変革者、新しいものを作る上では必須の能力だと考える。
「マネジメント」も、経営では必要で、事業運営でも必要だが、両社は根本的には別物。

では、「リーダーシップ」とはどのような要素で出来ているのか?
その要素を検討するには、人が何故リーダーに先導されるのか、ついていこうと思うのか、を考えると良い。
人が、ではなく、自分が、と考えるとよりわかりやすい。
その要素は、3つあると考える。


要素の1つは、「確信」を持って行動しているかどうか。

大部分の人は自分の考えや選択に「確信」がないため、「確信」を持っていている人についていくことでその不安を埋めようとしているのだと思う。

システムを文句ないレベルで構築できる、営業で常にトップクラスの結果を出す、サッカーがうまい、どんな分野でもいいが、こういった技術的な要素は一つリーダーシップに繋がりやすい。フォロワー側としては自分より技術に秀でているので師事したいと思うのは当然であり、技術を持っている人としても他より対象の技術に自信がある=その分野の「確信」があるためフォロワーを率いる自信がある。

これが事業を創る上では、これが事業構築経験値の高い人であれば過去の結果より事業創造出来る自信があるが、事業創造経験を得れることは決して多くは無い。それも先導してすべてを判断し責任を持つ立場としては。


すでにある職種と違って経験を持っている人が少ない場合、確信を持つには、徹底して考え抜いて自分なりにこれは正しい、いける、という確信を持てるだけ考え切ること、が一つの手段としてある。事業プランをブラッシュアップし続ける、練り直す、ということはこの一つの形で、そのために確からしい数字を元に、事業が成り立つかどうかを細部にわたって考えることを推奨することになる。このプロセスで徹底して想定することをトレーニングすることが他の人より「確信」出来ることに繋がっていく。

単に想像するだけでは「確信」に変わりにくい場合、その手前に自分で「仮説」を立て実行して「検証」する経験値が足りていないことで、自分の仮説の精度を信用出来ていない、ということもあると考える。


2つ目の要素は、「本気」かどうか。

「本気」を感じる要素の一つは、話していることや仕草、思考等にじみ出るものに迷いがないかどうか。
わかりやすい言葉の現れに、「やりたい」「やろうと思う」ではなく、「やる」「やります」という、もう決断した後の言葉を使っているかどうか。

もう一つは、実際にそのための行動を起こしているかどうか。
言っていても、やっていなければ言葉だけの人、と信用されないことも多い。

TEDでリーダーシップとフォロワーを示唆する、非常にわかりやすい動画がある。「社会運動はどうやって起こすか」
リーダーは1人でリーダーになるわけではなく、フォロワーが出来て初めてリーダーになる。
ただ、一人目のバカがいなければフォロワーも発生しないので、リーダーは一人目のバカになる必要がある。その基準は「やる」か「やらない」か。

「できる」、「できない」 を考える人が多いが、本気かどうかは「やる」「やらない」の軸で決まるものである。だれもやったことが無ければ「できる」とは想像できないかもしれないけど、「やる」と決めて工夫し続けて、結果「できる」ことは人の伝記、経験、歴史含め数限りなく事例がある。
当然、タイムマシンは技術的、理論的に可能性が現状で全く見えないレベルだと思うので、「やる」と決めることをどの程度の可能性にかけるか、という問題はある。ただ、1%でも「できる」可能性があるなら、後は本気で取り組むかどうか。


上記2つの要素だけでも「リーダー」としての素質はあるが、要素としては足りていない。

3つ目の要素に「外部にベクトルが向いている」ことがある。

抽象的な言葉にしているのは、これが「利己的ではない」ことが特に重要で、ただ「利他」の方向性は色々あるから、若干抽象度を上げた言葉にしている。

イーロン・マスクは、EV車や宇宙開拓で世界を救う、と本当に思っていると感じるし、スティーブ・ジョブズはアーティスト的感覚ではあるだろうけど、今までにないiPodやスマートフォン等作り出してきて人々の生活様式を変えてきた。稲森和夫氏はまさに「利他の精神」で京セラ、KDDIを作り、JALを再生させてきた。
身近で感じたのは、前職代表の牧野正幸氏で、本気で日本のシステム費用対効果を上げて日本を良くしようと大手向け国産ERPを広めていっていた。

政治家はあまり近しい人で関わったわけではないので判断つきにくいが、少なくとも多くの人に会う中で、「この人は本気で自分にためより、他の人・社会のためにやろうとしている」と感じる人は最低限応援はしたくなったし、信用出来るからこそ自分の時間やお金を使おうとも思った。
この気持ちと行動こそがフォロワーシップなのだと思う。


要素として説明は出来るけど、では要素が見えたので技術的に「確信」を持ち、「本気」で、「外部にベクトルを向け」て見様見真似でやってみても、それらの中身がそれぞれ本気でないと、多くの人は本気でないことを直感的に感じ取ってフォロワーになってくれない、というところが面白いところ。

「利他的」な言葉を使っても、「利他的」に見せるために行動して、心から「利他的」でない場合、言行一致していないところが節々に見え隠れするので採用やプロジェクト初期はうまくいっても、フォロワーは何か違和感を感じ始め、結局重要な人ほど抜けていき、組織崩壊する。

「本気」なように見せかけても、問題発生時に逃げたり、言っていたことを続けなくなると、結局「本気」ではないことが見透かされてフォロワーは離れていく。

中国故事で君子の「徳」の重要性を説かれるのも同じ文脈なのだと思う。心から利他的であることで真に共感されるのであって、君子が利己的であれば面従腹背でいざというときには崩壊するのであろう。

ちなみに、この3要素がどれか欠けた場合に事業創造はどうなるか。

×確信 〇本気 〇外部にベクトル = 戦略戦術がしっかりしていないと見られる=実現出来なさそう で多くのフォロワーがついていきにくい。

〇確信 ×本気 〇外部にベクトル = 基本的にうまく進むときはうまくいくが、何か問題があったときに止まって逃げる、方向転換してしまうことで最終的に可能性あったかもしれない方向性が潰れてしまう。

〇確信 〇本気 ×外部にベクトル = 初期の多くの事業経営者はこうなりがちでは?利己的だけど、事業自体は計画戦略も正しく本気なのでうまくいく。ただその人の欲のために仕える、といった形になるため、優秀で世の中の役に立ちたいと思う人ほどその場から離れていく。結果ワンマン経営者になりその事業経営者のキャパ以上の規模にならない。


リーダーシップは「確信」「本気」「外部にベクトルが向いている」(個人的には「利他的である」が好き)の3要素を持てれば誰でもリーダーシップを持つことは可能と考えている。

持つべつ順序としては「本気」が一番最初だが、それなりに本気で挑む分野に取り組むだけの「確信」が無いと本気になれないのではないか、とも思うため、いずれが先かは人によるのかもしれない。

「確信」が足りない場合は、その分野に関して考え切れていないので、調べる、行動して確認する、に如何に時間を振り向けられるか次第。

「本気」が足りない場合は、自分の欲求に合っていないので、自分の人生がどうだったか、何に強い興味関心を覚えたか、何に本気になれるのか、なりたいのか。如何に自分を知られるかどうか次第。

「外部にベクトルが向いて」いない場合、自身の徳を上げるしかない。自分の欲求が求めていない可能性もあるのでこの点はコメントしようがないが、一定以上の社会的価値を出すには、外部にベクトルを向けないとその結果が出ないことは確か。


自分のスタンス、役割、ポジション


瀬川です。この記事内容は、自身が何を考えて起業して、事業起こして、行動しているのか。仕事をしているのか。

以下添付の資料の通り、現在の状況・問題は、マクロにみると現在の生活の結果に起因している、という考えに基づいている。
つまり、いくら環境要因が整っていないところで個人が努力しても、その個人とその周囲はそれで変えられるだろうけど、全体の流れで言うと大河の一部で、流れは変えられない、と考えている。

この話よく例に出すのは、不謹慎かもしれないが自殺者数の推移の話。

https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/taisaku/sesakugaiyou/
(厚生労働省HPの、自殺対策の概要ページ)

上記のURL等、「自殺者数、推移」等で画像検索すると推移データを見れると思うけど、この自殺者数の推移、に疑問を持ったことはないだろうか。
2019年時点では男女合わせ2万人強の方が自殺していて、直近40年で一時期3万人強が自殺しているが、全体では2~3万人で推移していて、前後の年と大きく数が乖離していない(平成10年に急激に上がっているのは、大手金融機関破綻タイミングの影響では、とネット上の考察では書かれている)。

基本自殺したくてする人なんていない、という前提のもと、例えばランダムに自殺したくなるなら去年自殺者数50人で、今年は5万人でした、ということがあってもおかしくないはずである。
しかし、実際は前後の年で似たような数値になっているのがほとんど。(変動幅は平成10年を除けば全人口1.2億人の0.04%以内に収まっている)。

自分なりのこの結論は、自殺に踏み込むような環境要因が揃ったことで一定割合の人が実際自殺してしまう、という観点。一定数が自殺に踏み込むような環境条件であるということ。
人として最もやりたくない自殺でさえそうであれば、他の意識しない行動は環境条件によってマクロでは非常に左右されているのだと考えてしかるべきではないかと。一つ一つわざわざ上げないが、実際もそう考えると筋が通ることは多くある。

結局、世の中を変えたいなら、その環境条件を変えていく必要がある。
それは、技術(馬→車、携帯→スマホ、ろうそく→電気、等々)
空間(緑の多寡、部屋の広い狭い、帰り道途中のコンビニ出店等々)
法律(犯罪の抑止に刑罰、道路交通法、結婚制度、等々)
事業モデルもある(ユニクロのSPAモデル、ヤマトの宅急便、上下水道、電気等々)

自身は、経済学部に入った理由に、「銀河英雄伝説」という小説の中で、戦争も経済の上に成り立っている(ポジティブな意味ではなく、戦争もお金に影響されている、という話)にすごい説得力を感じ、世の中の基盤の経済部分に関わる意識で選んでおり、その流れで事業モデルの組込により社会環境を変えていくことを考えて起業した。(起業は大学時代のサークル内の人の出会いが明らかに大きい)

その行動の先には、一つの課題(自身では水問題全般)は、結局法律や空間、技術の社会実装も含めた色々な総合的な環境要因の組み合わせであり、それらすべてを変えていく必要がある、ということ(大抵その各要因の中で、ボトルネックになっている影響要素の大きい環境要因がある)。

なので、一人一人より、その人達に影響する環境要因自体の改善に興味がある。自社サービスを作るのも、組織が結果ティール組織と言われるような組織になっているのも、法改正のために動き始めていることも、結局根っこは同じである。

個人的には一人一人が楽しく幸せに暮らし活躍できるようにしたいと思っているけど、上記のような意識なのでどうも人に対して冷たい人だと思われている部分もあるようだけど、本質的には全体最適を目指しているので、自身に関しては一時の個人の感情は置いておける(そのため人への感情面への配慮がおろそかになり、嫌がられるとか、逆鱗に触れることもある)。

こういった考えを持って行動しているし、自分がこういう人間だと明確にわかるようになっている。
孔子の「十五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る」(六十以降省略)は、結構このような年齢で進んでいる感はあり。2500年程度前だと人間さして変わらなさそう。


新会社:株式会社Geotrans を立ち上げました


瀬川です。新しくAI×土木・環境分野の株式会社Geotransを今年2022年1月に立ち上げました。

HPはまだ立ち上げられていないが、空撮画像(ドローン・航空・衛星)の画像認識AIで2年前ぐらいからこっそり関り始めていて、本格展開フェーズに入ったので事業化会社化した次第。

直近は行政分野の基図をAIで自動生成するAIモデルを開発・展開していて、農地・地番図・森林分野で展開開始。(河川も引き合い次第で優先したい)。

さっそくAIエンジニアが足りなくなりそうな状態のため、将来の中心になるAIエンジニアを募集中(今すぐCTOレベルならよりベター)。興味ある方、紹介出来そうな方いれば是非ご連絡を。(wantedlyの応援だけでも大変うれしいです)

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何故>>

個人的には一般社団法人ClearWaterProjectのずっと水環境に近い分野の事業化を探してきて、そのうちの一つとして。

今までのITは結局リアル・実在と直接的に関わるわけではないので、土木・農業・林業・環境分野ではそこまで関わる部分が無かったけど、AI(特に画像認識)により、見て判断する、という部分で活用できるようになり、その分野で可能性が一気に広がったと思ってる。

自身の基本コンセプトが今の行政の仕組みでは出来ないが社会の仕組みとして必要な事をする、なのでそこに繋がる可能性を感じている。(一方で、必要だけどお金として回らない分野が多くあることも認識している)。

Geotransは上場・売却も選択肢の一つしてスピード重視で株式会社creatoからは切り出しているので、外部出資も受け入れしています。AIでより根本的な国土形成の計画や合意形成、コーディネート分野にリソースを集中してもらい、幸せに過ごせる環境・インフラ作りに注力してもらえるよう、AIで出来ることはAIでスピード上げて進めていく。

本ブログは個人の心の声まで書くところだと思うので書いておく。

Geotransにより直近では画像処理AIで行政分野の基盤図生成業務を効率化・迅速化していくAIモデルツール提供していく事業になる。その先に、多くの育てたAIモデルを持つことで、例えば衛星画像から国土の状況を随時把握することが可能になる(例えば田んぼの田植え面積判定で生産量を予測、住宅地の屋根を判定し太陽光パネルに全部変えた場合の出力量を算出等々)と思っている。
ただ、Geotransの自身の位置づけは
①国交省、農水省、環境省管轄の国土形成により近い分野で、かつ既存事業ではない分野を創り出す
②お金が回り、全体としてのより攻めやすいポートフォリオバランスを創り出す
というもの。

例えば水環境の問題を変えたいときに、川や海の生物多様性状況を改善するには
1)資源管理(適当にほおっておくと、希少種や食べておいしい魚等は人がどんどんとっていく。人の採取量が資源量より多いので、基本すぐ全滅する)
2)山の植生の変更(ほおっておいても多様性が担保される広葉樹や樹種ミックス環境への変更)、もしくは林業が環境面にも配慮し適切に機能している(杉やヒノキばかりで放置だと、土砂流出量が10倍近く変わる川への水供給が普段少なく豪雨時に大量になる、等)
3)農排水時の農薬問題(生物現象)
4)川と周辺地の接続(川と田んぼの接続によりドジョウやウナギ等行き来出来て増える、川の横面をコンクリにすると土砂や石、及びミミズや虫等の魚の食料供給が減る、ダムや落差工・堰堤で鮎やウナギ等流域行き来して暮らす生物が住めなくなる、等々)
5)水質問題(家庭排水や工場排水。薬品や油はより問題)
6)マイクロプラスチック問題(海へのごみの70%は川から流れてきて、その川への流入も道路わきの排水溝等から流れ出て来たりもする。)
(各種研究結果多数のため探すのはお任せしますが、聞いてもらえばいくつかはすぐ出せますし、必要なら各種の第一人者の研究者の方を紹介も出来るかと。)
等々、ぱっと思いつくレベルでも上記ぐらいある。

国土だけでなく、経済活動も大きく影響しているため、それらとのバランスが重要になる。
そういう意味では、国土計画=経済課題(人がどう生活できるか)にも関わってくるので、国土計画だけでもすべて解決できるわけではない。ただそれでも大きな影響部分ではあり、それらに口出しできるだけの影響力とバックボーンを持つ必要がある。
自身は政治をやってきたわけでも、研究者でも、行政マンでも無い。今からそこに飛び込んだとて、それらの先人に囲まれた一人でしかないし、もしそもそもその分野に入って解決できるなら、今出てきているような問題群自体が発生していないだろう、と考えると、全然別のアプローチをする役割が必要だと考えている。

少し話はズレるが、内水面環境(川や湖等、海でない陸地内の水環境)の釣り・漁業にも『つりチケ』を通して関わっているがこちら他記事でも書く予定だが、右肩下がり、内水面漁協も魚も釣り人も右肩下がりの衰退分野。しかし日本の人口減少より明らかに下がり方が激しい。
この課題を色々調べたり、つりチケを通して得たネットワークで情報を集めて分析すると、自身としては結局制度問題であることに行きついた。漁業法が制定された1949年から、背景の考え方変えずに運用してきた状態が元に、国と都道府県が積み上げ運用して溜まった問題の集大成だと。


ただ、これは
・法及び解釈を過去のまま引き続けて積み上げて硬直化した制度問題
・それを運用する行政の硬直性(法に則って施行運用するのを最重要ミッションにするので若干仕方ない文化的側面)
・それらを変える「頭」を持つ役割がいない(本当は政治家がそうだが、新しく話題性ある分野の制度改正が中心になり、根本の幹を変えるところに手を付けていない)
がその問題の根っこにあり、これらを変えない限り、今の日本の閉塞感は打開できないだろうと思っている。

話を戻すと、計画を変えたり何か実行するのも、行政分野は上記法に則った施行が重要だが、それらを現状環境や技術によって変わった条件状態に合わせて根本に手を付けることができない分野が、特に行政が手掛ける農林水産、国交省等規制分野では特に色々あるだろうと想定されることである。
なので、色々やっていくと結局そういった制度面の運用の柔軟化や、その手前の制度が現在の即していない状態の変更をしていく必要があるだろうと想定していて、GeotransでAIで国土計画の補助が出来たからと言っても、効率化で条件面が変わって行政運用を変えられる条件面がもう少し進んだ、というレベルで、きっと根本のところを何かアクション起こしていくことがゆくゆく発生するのだろうな、と思っている。

でも、一個人がそれを最終的に実現していくには、そのための協力者と労力と、それを支える資金が必要になるため、結局そのための②をやってきたし、水環境分野で実現するために①を目指してきた、という話でGeotransはその延長線上にある、という話。

ここまで読んでくれた方、ありがとうございます。
この問題意識を共有できる人とは是非議論し、一緒にやっていきたいので、お問い合わせより是非是非個別にもご連絡ください。
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日本の盛衰が40年周期なのは何故か?


日本が明治維新以降40年周期で盛衰を繰り返している、という話を半藤一利氏の本を読んだときに見た記憶がある。

1868年、明治が始まる。
1905年、日露戦争に勝利。
1945年、太平洋戦争終結。日本敗戦。
1990年、バブル崩壊。
そして現在2022年。2010年ごろは失われた20年と言われ、今は失われた30年と言われる。

1868年から1905年までで37年、
1905年から1945年まで40年、
1945年から1990年まで45年、
1990年から2022年で現在32年目。

確かに大体40年ぐらいになっている。そうなると、次なるカタルシスが起こるのは2020年代か30年代か。

何故このような流れが出来ているのだろう。
他国は調査したことはないのでわからないけど、日本に住む身として、個人的には必然性があり、理由があると考えている。

それは、40年は2世代1回りであること。

例えば、1830年頃に生まれた人は、明治維新頃には40歳前後。明治維新の最も中心人物だ。大久保利通(以下人物の敬称略)は1830年生まれ、西郷隆盛は1828年生まれ。
また、1850年に生まれた人は、 20歳の多感な時期が1870年ごろとなり、江戸から明治政府に代わる大転換期を過ごしている。
日本が変わらなければ、欧米に侵略され奴隷国家にやつすことになる危機感を隣国中国を見て感じて育った世代。
その人たちは1900年頃には50歳と、意思決定の中核にいる油の乗った世代であり、日露戦争を勝利に導いた世代でもある。

一方、1870年に生まれた人は、同様に20歳が1890年、50歳には1920年。
もう少し遅く1890年に生まれた人は、 20歳が1910年、50歳には1940年。
多感な時期に明治が盛り上がり色々なものが変化し、今までと文明が大きく変わり、アジアの端の小国が大国ロシアに勝ちすごい国で自分たちはすごいんだ、と思うようになる。
この時期を経験した人が、意思決定者となる年齢時期が朝鮮・中国侵略、日中戦争、太平洋戦争を担っている。

日本の高度成長期も、50歳ぐらいが一番油のっていて中心人物としておくと、1910年~30年ぐらいの生まれの人があたる。ソニーの森田昭夫は1921年、京セラの稲森和夫は1932年生まれ。田中角栄は1918年。
当然松下幸之助さんは1894年生まれだったり、色々名前が出ていない多数の素晴らしい方がいる。

現在の2022年。日本の今の意思決定中心は高齢化で60歳ぐらいとすると、60年前だと1962年。20歳では1982年と日本経済最高潮に近い時期。その人たちが今の日本社会の意思決定者の中心にいる。


つまり言いたいのは、成功・繁栄の時代を生まれ育った人達の集団が、成功体験のバイアスにかかり、時代が変わっているのにその時代にあった意思決定、判断が出来ていないのでは、という仮説である。
逆に、逆境・衰退の時代を生まれ育った人は、非常に優れたバランスで良い意思決定、判断をしているのではないか。

個々人を見ると、繁栄の年代に含まれていても素晴らしい人もいるし、衰退の年代に含まれていてもダメだなと思う人もいる。

ただ、社会は多くの意思決定の集合であり、様々な場所で様々な意思決定が間違えている、もしくはなされていないと、結果国全体はダメな方向に向かっていくのだろう、と。

例えば、経営面で昭和感ということで、終身雇用、年功序列、努力、根性、空気を読む、等。制服で統一感等もそうかもしれない。これらは当てはまる条件もあるが、当てはまらない条件(職種や事業)もあるし、努力や根性は成功の方向性であれば非常に重要だが、かける方向を間違えていると努力は徒労に終わり失望になる。
ただ、高度経済成長時代があまりにも上手くいきすぎていたため、そのバイアスからなかなか外れれないのだろう。(冷静に分析すると、単に人口ボーナスだっただけの可能性も高いのだが)。

後、最近感じるのは過去から日本社会の様々なところに、合意形成タイプのマネジメントで、シビアな判断時に的確に動かせるマネジメント制度になっていないのでは、と思う部分である。

最近、内水面漁業(川や湖の魚獲ったり、釣りしたりの分野)は30年近く右肩下がりで人口減少より早いスピードで衰退中なのだが、つりチケを5年以上運営展開し、様々な漁協のヒアリングやデータ分析をした関係で、内水面の法制度を含めた行政部分の改革をしない限り、現制度での改善には未来は無い、とほぼ確信したのだが、何故この状況になっているかを考えていったところ、この法制度というインフラを根本的に変えるための主幹役割がどこにもないことに気づいたわけで。
水産庁は立法府ではなく、研究所はあくまで提言ベース。漁協の許認可は都道府県知事管轄だが、その元になっているのは国管轄。法制度変更を訴える主体は漁協・漁連だが生活のかかった関りではないためめんどくさいことは話が進まず。それらの法制度を支える議員はあくまで漁協・漁連の要望があれば。
どこも法制度変更の草案を作る組織もなく、変更するために判断意思決定する権限のある機関もない。

そのため、草案を作り、合意形成をするための根回しをするための活動を出来る組織が必要である、という点にこの法制度改革をすべき結論に行きついて活動し始めてから気づいた次第。
日本的シンクタンクというべきなのかと。(世界各国のシンクタンクはこの根回し部分の役割はどうなっているんだろう)

多分、日本の様々な分野で、同様のことが起こっていると思われる。林業、海の漁業、土木や建築、医療や運輸等もそうかもしれない。(比較的経済成長が見込まれる部分は改革されてきているかもしれないが。)

40年周期の話に戻るが、結論として
①盛衰それぞれの時代に多感な時期を過ごした人々が意思決定層になった時代と重なる
②意思決定出来る制度を持っておらず、合意形成型意思決定機関だらけだからこそ、集団の意思決定力に時代が左右されている
ということかと思っている。

そういう意味では、個人的には2020年代から30年代前半に何かしら落ち込み切ったカタルシスが起こるのではないかと思っている。(アベノミクスの日銀量的緩和を行ったことで後に引けなくなっていると思うので、その結果の国債未消化によるデフォルトが2020年代に起こる可能性あるぐらいに針が進んだのではないかな、と予想)。

そういう意味では先行き悲観論だが、実際個人として悲観しているわけではなく、一度ドンガラガッシャンになった方が、前向くしかなくなって0ベースで色々な改革がなされるのではないかと思っている。
日本自体を全体前に向かせるには、そういう危機がある意味一番手っ取り早いのではないか、と。
それに備えて皆個々人ベースで力をつけていくべきだと思うし、生きる力を養うべきだと思っている。
(その状況になった時に弱者がこぼれ落ちるので、本当はそれになる前に大改革して弱者もすくい取れる社会的体力を回復させるべきだとは思ってはいる)


採算意識を持つ


この市場経済の世の中、生活するにはお金がかかる。住居、衣類、食、水道光熱費、車の所有、移動費、医療費、子育て教育費、保険、飲食、旅行、等等々。それらは給与が賄っている。その給与は、仕事として得た報酬から払われている。

完全自給自足で、移動も歩き以外使わないような生活でもしない限り、必ず個人にとって収入は必要になる。

個人の収入は、何かしらの所属している組織から給与として払われることが一般的である。そうでなければ、仕事単位で契約をして、仕事の結果として報酬を受け取るパターンになる。

ここで、自身の労働の対価として組織が給与を「支払ってくれている」と思うと、組織に従属し、組織の命に従う意識になる。その意識が極まると、実質的には組織の奴隷(組織に所有されている)と変わらなくなる。

意識を変えて、自身が組織の収益を作っている、支えている、と考えれるようになると、個人が組織を生かしていることになる。決定権が自身になる。自分の人生になる。

その結果の一つとして、フリーランス・個人事業主として生きていくのも良いが、「チームとして」の項にも記載の通り、組織でいることのメリットを感じているから一緒に働いているはずである。そうであれば、組織を生かす個人であるべきである。

その為には、自分の働きがどの程度の価値を提供しているのか、どの程度の収支に貢献しているのか、常に意識していく必要がある。

経営の基本は 収入 - 支出 = 利益 である。 支出の中に、個人の人件費=給与、も含まれる。 利益が残らなければ、投資が出来ず、投資が出来なければその組織に収益を生み出す資本(個々人の知的資本も含む)を残せず、時間当たり収入を増やせず、支出=給与も増やすことが出来ない。

一人ひとり、チーム単位、がそれぞれ採算を良くしていけば、組織全体として採算が良くなる。

自身にとっては、まず自分の時間がどの程度の価値を持っているか認識し、その価値を超える付加価値を所属する組織に提供することを意識する必要がある。

一般的に大卒の初任給は月約20万円。賞与や会社負担の社会保険等も含めると約30万円はかかる。月の稼働日を平均20日とすれば1日あたり1.5万円。1日8時間勤務で時間単価1,875円。10分単価だと312.5円である。何もしなくてもそのお金が給与として支払われている。ただ、組織の収入が無くなれば、その給与も払えなくなる。

実際のところは、そこに事務所賃貸費や水道光熱費、給与支払の計算振込処理等の間接費が必ずかかってくるため、実際は自分の給与よりもさらに時間単価は高くなる。

もし1時間をゆっくり過ごしたいのであれば、反対に他の7時間で1日分以上の価値を出さなければ、組織は成り立たたず、給与も払えなくなる。

極端なこと言えば、1か月の1日で20日分の価値もしくはそれに類する収入を出してくれても良い。

ただ、いずれにしろ一人ひとりがその価値を常に意識し、それ以上に価値を出すことが必要になる。

その意識を持ってもらいやすくするために、自己給与決定制度を設けている。今までより価値が上がった、価値をより提供出来ていると判断したら給与を上げてもらえば良いし、給与を上げるために収入をより多く、支出を少なくしていってもらえば良い。

CWP/creatoでは、事業部・チーム別、サービス別採算のデータを月次単位で出している。単純な自身の明確な数字採算が出せれば良いが、チームメンバーへの影響度やスキルアップ、円滑に動けるように手配することで大きなまとまった仕事を得て一人当たり売上の大きな仕事が出来るようにすること、等も価値であり、個々人、チームの結果として採算を良くすることで、結果として組織全体の採算が良くなる。

<<行動例>>

・売上と支出の数字を常に意識し、具体的に把握する。例えば、自分の給与から具体的に自分の1時間当たりコストを算出してみる。(会社負担分も含めると年間給与・賞与収入総額の1.2倍ぐらいが人件費、かつ組織で必要な収入のうち人件費率を7割で設定したとすると 個人年間収入×1.2×(10/7) が自身の年間コスト。それを時間単位に割ってみると1時間の価値を実感出来る)

・物の値段に興味を持って、知る。例えば仕事で使っているソフトはいくらか。それを人数単位で割ると月いくらの費用のものか。

・お金に換算が難しいものを、どのような価値を将来的にもたらすのかを想定してみる。


変化を取り込む、恐れない、許容する


社会が急激に変わっている、とはよく言われる。
個人の安定という意味では、職種に固執しなければいけなくなるのは危険でさえある。

産業革命以降、刀鍛冶は武士の世でなくなった後、急激に職が減っただろう。
馬の鞍や馬車を作っていた人は、車が出てきてから数十年で一気に職が減っていっただろう。

最近でさえ、固定電話は直近30年で携帯に取って変わられたし、日本で言えば裁縫は単価の安い発展途上の国に。受付は受付電話に。これからはエンジン自動車も電気自動車に代わっていこうとしているし、バス・タクシー・トラック運転手は自動運転にとってかわられる可能性が高い。

CWPで関わる内水面の釣り業界でも、鮎釣りは平均年齢が60歳を超えていて、右肩下がりで業界的に鮎はオワコンみたいな雰囲気がある(これに関しては違う見方持っているけど、それは別途)。
40年持たないと、自分の職を変えずに済む、ということが出来ないが、それが進化スピードが速くなってしまい望むことが出来ない分野が多くなっている。
それどころか、もう40年務めたら年金で、という世界さえ望めなくなるかもしれない。(多分そうなるけど)

このような世界では、逆に変わることが当たり前だと思って、それに対応出来る心と能力をつけておいた方が逆に心理的に安全だと言える。
現代社会のサバイバル能力。

原始時代は、狩りがうまくいなかければ食えなかったし、自然界ではそれが当たり前。
現代社会も、食うために必要な能力が変わり複雑化しただけで、その本質は変わっていない。
変わることを楽しみ、成長することを楽しむ。

以下は社内のフィロソフィ文面。
——

<<解説>> 
 人は変化を恐れる。コンフォートゾーンという言葉があるが、そこから抜け出すのを嫌がる性質を持っている。しかし、居心地のいい場所に留まり保守的になると、いざ変わらないといけない場合に心理的・身体的・環境的に大きな負荷になる。

 社会は急激に変化している。
 例えば、江戸時代の1700年~1800年の100年で考えると、人々の生活や仕事は大きくは変わらず、山では斧やノコギリで木を伐り、農地では草木や魚や牛糞等で肥料にしてちょっとした道具で作り、町での商売は紙の帳簿とそろばんと通貨でやり取りされる。

 ただ、2020年現在より前50年ぐらいを振り返った時に、50年前と違い、世界全土インターネットで繋がり情報が瞬時に個々人で共有され、携帯電話→スマートフォンと変わっていつでもどこでも電話し情報を手にし発信できる。ネット通信で遠隔地の鉱山を重機で無人操縦出来るようになり、youtuberが職業になる。終身雇用だと言われていたモデルが50年程度で無くなっていき、最高30℃ちょっとだった夏が今では40℃弱が通常になり、世界各地に100年に一度級の異常気象が頻発する温暖化になっていて、もうすぐ車の自動運転や遺伝子操作による治療も出てくる。
 資本主義とITが組み合わさり、お金が瞬時に動くことで技術革新が進み急速に世の中が変わってきている。

 変化が日常化する中で、個々人出来ることは、変化することが当たり前だと捉え、自身の経験や今のスキルに固執せず、徐々に自身も変化適応し、本質的な力とそれを支える心を身につけていくことである。
 
 弊社も、同様に変化が当たり前の組織を前提にしている。明確な組織図は作らず、役職も必要なように変化する。少しずつの変化により、結果として社会に適応し続ける。

 変化は日常と共にある。

 
<<行動例>> 
・新しい話や技術を、少しでも時間を確保して試してみる。それぞれに含まれる要素を抽出して自分のものにしていく。
・自分の役割を決めつけて固定化しない。好奇心と直感も動員し、できる幅を拡げていく。
・やりたいことがあれば、長期的な目的として決めて、いつまでに何をしていくか決めて、1日、10分単位でもいいので行動してみる。
・必要性があると思えば、新しいことをどんどん提案してみる、やってみる。
・自分の担っている役割を引きはがすのであれば、他に引き継げる人を探す、採用する。無くなってもそんなに困らない仕事はその機会に引き継がずに無くしてしまう、システム化してしまう。


IT×水辺環境から社会を変えていく日々