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日本の盛衰が40年周期なのは何故か?


日本が明治維新以降40年周期で盛衰を繰り返している、という話を半藤一利氏の本を読んだときに見た記憶がある。

1868年、明治が始まる。
1905年、日露戦争に勝利。
1945年、太平洋戦争終結。日本敗戦。
1990年、バブル崩壊。
そして現在2022年。2010年ごろは失われた20年と言われ、今は失われた30年と言われる。

1868年から1905年までで37年、
1905年から1945年まで40年、
1945年から1990年まで45年、
1990年から2022年で現在32年目。

確かに大体40年ぐらいになっている。そうなると、次なるカタルシスが起こるのは2020年代か30年代か。

何故このような流れが出来ているのだろう。
他国は調査したことはないのでわからないけど、日本に住む身として、個人的には必然性があり、理由があると考えている。

それは、40年は2世代1回りであること。

例えば、1830年頃に生まれた人は、明治維新頃には40歳前後。明治維新の最も中心人物だ。大久保利通(以下人物の敬称略)は1830年生まれ、西郷隆盛は1828年生まれ。
また、1850年に生まれた人は、 20歳の多感な時期が1870年ごろとなり、江戸から明治政府に代わる大転換期を過ごしている。
日本が変わらなければ、欧米に侵略され奴隷国家にやつすことになる危機感を隣国中国を見て感じて育った世代。
その人たちは1900年頃には50歳と、意思決定の中核にいる油の乗った世代であり、日露戦争を勝利に導いた世代でもある。

一方、1870年に生まれた人は、同様に20歳が1890年、50歳には1920年。
もう少し遅く1890年に生まれた人は、 20歳が1910年、50歳には1940年。
多感な時期に明治が盛り上がり色々なものが変化し、今までと文明が大きく変わり、アジアの端の小国が大国ロシアに勝ちすごい国で自分たちはすごいんだ、と思うようになる。
この時期を経験した人が、意思決定者となる年齢時期が朝鮮・中国侵略、日中戦争、太平洋戦争を担っている。

日本の高度成長期も、50歳ぐらいが一番油のっていて中心人物としておくと、1910年~30年ぐらいの生まれの人があたる。ソニーの森田昭夫は1921年、京セラの稲森和夫は1932年生まれ。田中角栄は1918年。
当然松下幸之助さんは1894年生まれだったり、色々名前が出ていない多数の素晴らしい方がいる。

現在の2022年。日本の今の意思決定中心は高齢化で60歳ぐらいとすると、60年前だと1962年。20歳では1982年と日本経済最高潮に近い時期。その人たちが今の日本社会の意思決定者の中心にいる。


つまり言いたいのは、成功・繁栄の時代を生まれ育った人達の集団が、成功体験のバイアスにかかり、時代が変わっているのにその時代にあった意思決定、判断が出来ていないのでは、という仮説である。
逆に、逆境・衰退の時代を生まれ育った人は、非常に優れたバランスで良い意思決定、判断をしているのではないか。

個々人を見ると、繁栄の年代に含まれていても素晴らしい人もいるし、衰退の年代に含まれていてもダメだなと思う人もいる。

ただ、社会は多くの意思決定の集合であり、様々な場所で様々な意思決定が間違えている、もしくはなされていないと、結果国全体はダメな方向に向かっていくのだろう、と。

例えば、経営面で昭和感ということで、終身雇用、年功序列、努力、根性、空気を読む、等。制服で統一感等もそうかもしれない。これらは当てはまる条件もあるが、当てはまらない条件(職種や事業)もあるし、努力や根性は成功の方向性であれば非常に重要だが、かける方向を間違えていると努力は徒労に終わり失望になる。
ただ、高度経済成長時代があまりにも上手くいきすぎていたため、そのバイアスからなかなか外れれないのだろう。(冷静に分析すると、単に人口ボーナスだっただけの可能性も高いのだが)。

後、最近感じるのは過去から日本社会の様々なところに、合意形成タイプのマネジメントで、シビアな判断時に的確に動かせるマネジメント制度になっていないのでは、と思う部分である。

最近、内水面漁業(川や湖の魚獲ったり、釣りしたりの分野)は30年近く右肩下がりで人口減少より早いスピードで衰退中なのだが、つりチケを5年以上運営展開し、様々な漁協のヒアリングやデータ分析をした関係で、内水面の法制度を含めた行政部分の改革をしない限り、現制度での改善には未来は無い、とほぼ確信したのだが、何故この状況になっているかを考えていったところ、この法制度というインフラを根本的に変えるための主幹役割がどこにもないことに気づいたわけで。
水産庁は立法府ではなく、研究所はあくまで提言ベース。漁協の許認可は都道府県知事管轄だが、その元になっているのは国管轄。法制度変更を訴える主体は漁協・漁連だが生活のかかった関りではないためめんどくさいことは話が進まず。それらの法制度を支える議員はあくまで漁協・漁連の要望があれば。
どこも法制度変更の草案を作る組織もなく、変更するために判断意思決定する権限のある機関もない。

そのため、草案を作り、合意形成をするための根回しをするための活動を出来る組織が必要である、という点にこの法制度改革をすべき結論に行きついて活動し始めてから気づいた次第。
日本的シンクタンクというべきなのかと。(世界各国のシンクタンクはこの根回し部分の役割はどうなっているんだろう)

多分、日本の様々な分野で、同様のことが起こっていると思われる。林業、海の漁業、土木や建築、医療や運輸等もそうかもしれない。(比較的経済成長が見込まれる部分は改革されてきているかもしれないが。)

40年周期の話に戻るが、結論として
①盛衰それぞれの時代に多感な時期を過ごした人々が意思決定層になった時代と重なる
②意思決定出来る制度を持っておらず、合意形成型意思決定機関だらけだからこそ、集団の意思決定力に時代が左右されている
ということかと思っている。

そういう意味では、個人的には2020年代から30年代前半に何かしら落ち込み切ったカタルシスが起こるのではないかと思っている。(アベノミクスの日銀量的緩和を行ったことで後に引けなくなっていると思うので、その結果の国債未消化によるデフォルトが2020年代に起こる可能性あるぐらいに針が進んだのではないかな、と予想)。

そういう意味では先行き悲観論だが、実際個人として悲観しているわけではなく、一度ドンガラガッシャンになった方が、前向くしかなくなって0ベースで色々な改革がなされるのではないかと思っている。
日本自体を全体前に向かせるには、そういう危機がある意味一番手っ取り早いのではないか、と。
それに備えて皆個々人ベースで力をつけていくべきだと思うし、生きる力を養うべきだと思っている。
(その状況になった時に弱者がこぼれ落ちるので、本当はそれになる前に大改革して弱者もすくい取れる社会的体力を回復させるべきだとは思ってはいる)


今までに書いたものの分類と目次一覧(2022/01/10時点)


【想い・考え・徒然】
日本の盛衰が40年周期なのは何故か?
起業時の踏み出しと、後方確認と。
4期目突入にて経営や人に関して想うこと徒然と。
起業家・事業家の「リスクテイク」ということ
人の縁は、想いと行動から
寄付はビジネスに役立つ?
働き方と育児と社会 
顧客第一主義VS社会第一主義と、自分の好み 
「環境団体」「環境活動」に関わる人とは?仕事になる?
目を輝かせて飛び込んでいくような水辺をすぐ近くにも!3
目を輝かせて飛び込んでいくような水辺をすぐ近くにも!2
目を輝かせて飛び込んでいくような水辺をすぐ近くにも!1

【制度】
フルフレックス、リモート勤務自由、休暇自由
ティール組織的な組織運営・作りに関わる、2021年10月時点でのCWP/creato制度と状況
CWPフィロソフィを作りました

【フィロソフィ】
自主自立- CWP,CREATOにおける基本指針
採算意識を持つ
変化を取り込む、恐れない、許容する
仕事において、良いプライドと悪いプライド
理想をまず描く

【能力】
毎日の行動が大きな成果の差に繋がる。1.01^365=37.783、0.99^365=0.025
期限をまず決める
細かく分けて考える

【経営枠組】
社団法人と株式会社、選択順序の理由
長期的=目的と、短期的=目標 が入れ替わらないように。


【社会課題】
行政・組織分野>
(特に行政において)人事ローテーション制度を変える必要がある。
地方にリーダーがいない?

【環境問題】
令和元年台風19号を機に考える


(特に行政において)人事ローテーション制度を変える必要がある。


日本の、特に行政機関において、人事ローテーションの特に2~3年での転向による弊害が至るところで出ていると感じている。個人的には、これは実は今の日本の様々なことの右肩下がりの現状日本の大きな問題の一つだとさえ思っている。

人事ローテーション自体は
〇幅広い現場経験による全体統括視点を得る
〇同一部署による業務マンネリ化により発生しがちなモチベーション低下を防ぐ
〇人=権限の固定化による不正/腐敗対策
といった価値がある。

ただ、一方で
▲3年程度では満足な成果を出せない、出したとしても、後に続く人が同じ方向性で成果を出し続けてくれるとは限らない(特に人事ローテーションとして実施されている場合はそこの現状を分からず人事部門が決めているため)
▲3年という期間だと、腰掛で問題を起こさず無難に過ごせる期間であり、現状維持バイアスがよりかかる
といった問題を抱える。

この点、良く考えてみると、〇の3つ目は不正防止で色合いが異なるが、1つ目2つ目は実は人の育成・マネジメントの観点で行われている。

一方で、▲は、アウトプットに関わる問題である。

この点を考えたのは、例えば学校の教員(小学校~高校)は7~10年ぐらい1つの学校でいるが、教頭や校長は3年で転勤していくことになっている。
リーダーの影響力は非常に大きく、やはりトップが右と言ったら個々人で想いは違ったり面従腹背はありつつも、基本は右に方向が徐々に進んでいく。
このリーダー・マネジメント層が数年で変わることが、変革が必要な今のタイミングに全く合っていないの。

企業の創業者が大きな企業を作っていく、偉大なことをしていくことに、当然その人が人に出来ないリスクをとり、新しいことを覚悟もって成し遂げてきたこともあるが、10年以上というスパンで経営を続けていけることも非常に大きい。
『ビジョナリー・カンパニー』でも書かれているが、特に人が関わることは「弾み車の概念」が当てはまる。

巨大で重い弾み車(手押し車でも良い)を思い浮かべる。
すごい頑張って押し続けると、1cm動く。続けると2cm,3cm,5cm,10cmと徐々にスピードを上げて進み、ある一定のスピードが乗ってくるとその重み自身で押さなくても進み続けるようになる。(どの程度の力が必要かは地面の摩擦状況にもよる)

同じ力を加え続けても、はたから見ると最初は少しずつしか動かない。それによって人は何も変わっていないと思うかもしれない。
続けると、人が認識できるほど動きが出てきて、これは動かせるんだ、もっと動かそう、と思ってくれるが、実はその段階に来た時にはすでに結構な力を加えてきた後だったりする。

物事を動かしていくのはこの弾み車のごとし。
そのスパンが、大体3~4年で一つ、動いたねと感じてもらえるぐらいの成果を出せる一般的な期間だと感じる。(これを首相のように人に選ばれたリーダーが3年でうまくやるには、3か月、半年、1年で短期で成果を出せることを並行で実施することで、うまく弾み車を動かせるリーダーだと思ってもらうしか無い。)

話を戻して、結局特にリーダー・マネジメント層のように成果にフォーカスし、成果で評価される層は特に、3年といったスパンで終わる前提の制度では成果を出し切れずに終わってしまうのだ。

一方で、ただ長く、例えば4年~5年を1スパンで、2スパン以上続けられる制度にしたとしても、その人がやる気のない人、ただ無難に過ごす人であれば無為の年を過ごすことになる。

以上より、制度として適切な方法としては以下のような設計だと考える。
・リーダー/マネジメント層等、特に新たな成果を求めるポジションには3年ローテーションはダメ。少なくとも4年~5年1スパンで、2スパン以上続けられるような制度が必要。それは本人の意志と、周囲の支持両方が必要。周囲は、出来る限り利害関係のある集団による支持が望ましい(民主主義的対応)。
・一方で、2年に1回、これは利害関係者ではなく、部下に評価され、全体の2/3が継続反対したらそこで任期終了(部下を適切にマネジメント出来ない人のため。ただし、改革には反対がつきもののため、全員反対でなく1/3でも支持されるのであれば必要だと思われていると考える。

一方で、不正・腐敗対策として愛知県人事局の方が以前回答してくれたが、
・ 許認可関係事務、契約関係事務、経理関係事務等権限を有する事務に従事している職員は、極力、4年を限度として異動を行う。
といった、権限を振りかざせるがリーダー/マネジメント層ではない事務方はローテーション人事を当てはめる、というのが適正だと考える。

日本の問題は色々あるけど、秘孔の如く重要ポイントがあると考えており、適切なめぐり方をさせるために、適切な人に適切にマネジメントしてもらう、というのが一つ大きく必要な点だと考える。

ただ、ここを変えられるのは政治家だけで、政治家は組織マネジメントをしてきた人が少ないから、この点の重要性をあまり認識していないんだよな、たぶん。


令和元年台風19号を機に考える


小さな自然再生等お世話になっている岐阜大原田先生の今回の台風・治水の考察です。

ちょっと難しい内容も多いかもですが。
上記内容抽出と自分の思っていることで言えば、

・温暖化は海水温を上昇させ、台風のエネルギーは水蒸気量と≒なので今後も今回の台風以上の規模がこれまで以上の頻度で来る可能性が高い

・報道されているだけで144河川(国管理24,都道府県管理118)で氾濫,うち堤防が決壊したのは6県21河川24箇所。半端ない数。

・同一地域、流域に長いこと大量の雨が一気に降った。場所が変われば異なる地域の河川の氾濫、決壊も当然発生。どこでも起こりうる天災と認識しておく必要がある。

・ダムも治水機能を担っていて、ダム貯水量より多くない量の流れ込みであれば確かに役に立っている(例えば民主党政権時に有名になった八ッ場ダムは10月からの湛水試験により今回その治水機能を果たしているのは確か)。一方、貯水量以上の水がその上流から来たら後は同量を下流に流すしかない(緊急放流のこと)。
他ダムの利水機能として発電、農業用水が主な利用用途ですが、方向性としては①ダムの巨大化 ②総合治水 のどちらかの方向性。 今の自民党政権だと①の方向を進めそうでCWPとしてダムの負の面(特に生物環境と水質に対し)を見てきているため、その方向はいやだなー、と。。

・今後も今回の台風レベル以上が今まで以上に来る可能性があり、日本の河川延長が1万kmを余裕で越えているため、すべての堤防のかさ上げ+ダム建設 は国家財政足りず(さらに作った以上をさらに越えてくる可能性も。)。


実は国交省研究機関の国土技術政策総合研究所の偉い人レベルでも、5年以上前から上記理由に「防災」から「減災」に舵を切るしかない旨話されていて(もっと前からかもですが。私が以前出席した某セミナーでその話をしていました)、同時期天竜川河川事務所の所長も別セミナー「自分の身は自分で守るしかない」とソフト面対策意識啓蒙に向かっていました。今回の台風前の報道でもかなり自分で自分の身を守ろう的発信でしたが、ようやく社会的にもそこが一般的になってきた様子。

個々人で言えば、ハザードマップで治水上危ない地域は住居に選ばない、という方法しかないでしょうね。(これを機に水害可能性地域の地価が全国より下がる方向に進むだろうと思われる。)
一方で、河・水の危険性がさらに誇張されて近づけない、近づかない河川になっていきそうでそこは心配かつ残念。
反対に防災意識としての河川環境教育という切り口はニーズが増えるのかもしれない。